気づきの言葉
私自身の、これまで生きてきての経験上の信念は、「良い経験であれ、悪い経験であれ、どんな過酷な状況であれ、それら、すべてを気づきと受容性を持って経験し抜き、逃げずにそこに留まり、味わい尽くし、それと共に流れ、通り抜けることができるなら、それは(あとで振り返ってみれば)、自分を成長させる大きな恩恵(神の思し召し、神意)であったことに気づくだろう」と云うものです。
今は大変な状況でしょうが、その今の心身の状態をできる限り味わい、頑張って下さい。
表面的には、もっとも受容しがたい、過酷な状況でさえ、そのヴェールの下には、もっとも深遠な意味での「善」が隠されています。あらゆる災難のその内に、慈愛の種が託されているのです。


