内観の行程・段階について(素描)
1. 愛の再確認
愛の落穂拾い・魂の宝探し(宝石拾い)、としての内観
幼児期の両親・家族からの愛情の再確認。
黄金の少年時代の再発見、発掘。
その結果、内観の第一段階として、
バランスの取れた、肯定的自己イメージの確立による心理的安定、と云う基礎作り。
愛されて(世界からの世話と愛を受けて)育ってきた自分を確認することで、
自己評価の低さ(それ故の、劣等感/優越感、肥大化した自己イメージ防衛)と云う問題を抱えていた自己に、
健全な自己像・パーソナリティ形成に必要な、健全な(肥大化していない)、基礎的な自己肯定感・自己存在承認(自分は生きていることを許されているんだ、存在を承認されているのだと云う感覚による)が可能となる。
2. 自己との和解
過去との和解、自分の生まれた境遇・親・環境・身体的状態との和解・受容
親を許し、親から許される、ココロ(魂)の体験。
3. 社会性(他者からの視点)の確立
客観的視点(第三者的視点、相手の視点から自分(状況全体)を見る経験。
自分を離れた視点の確立。
4. 恩の感覚の確立
受けたものの大きさと、返したものの少なさの非対称の自覚。
有り難さ、恩の感覚。
報恩の思いの発生。
5. 罪の自覚 罪業感
罪業感から、悟り/救いを求める内観へ。
どこまでも汚れた、救われない自分の自覚・凝視。
宗教的行としての内観。
「公案系」としての内観 (弥蛇の公案) 二種深信
参考ファイル→久松真一集
「たった今、他ならぬ此処で、どうしてもいけなければどうするか」
「どうしてもだめならば、どうするか?」
これら6つの要素は、必ずしも時系列で生じてくるものではなく、
全体が同時並列的に、渾然一体となって内観者の心に育ってくるのですが、
ただ、あえて順序を言うならば、1.の「愛情の再確認」がまずあって(それは、たいてい、父母・養育者に対する内観で起こります)、4.の「罪の自覚 罪業感」の感覚は(これは、特に「嘘と盗み」というテーマで自覚されてくるでしょう)、自分の中に、1.の発見による「基本的な自己肯定・自己存在承認・自己受容」と云う基盤があった上で、熾烈になっていく(あるいは、その両者が相伴って高じて来る)のが、望ましく、理想的と言えるかもしれません。


