食とからだのアファーメーション
■ 食前の観 食前の誓い・祈り
三つの観を為すべし
1.
この食の命の尊さを思え。申し訳なさ、有り難さ。すべてが、動物、植物の死体。死骸であること。
その身体を頂くことの重さ、大きさを思え。
この命を奪うに値する、自分の現在の行持であるか省みよ。
今日一日の自らの徳と行いの正しきや否や、この食を受くるに値する行持をなしているや否やを思いて、この食を受くべし。
2.
人々(衆生)の労苦を思え。この食に関わる全ての人に感謝の念を持つべし。
皆、働いている。生業を持って生きている、生産活動をして生きている。
作物を作る者、漁をする者、それを運搬する者、加工する者、そして、それを調理するもの。
食器の一つ一つ(箸、器、お盆、その他)を作る者、その一人一人の労を思え。
それを受けるに値する、現在の自分の日々の生活であるか、今日一日の生活であるか。
3.
自分の身体・肉体に対して、感謝の念を持つべし。
内臓、消化器官の一つ一つへの感謝、身体への内観。
身体が正常に働いてくれていることによって、私の精神生活が成り立っている。(支えられている)
その身体に、負担をかけていないか。
一口為断一切悪 二口為修一切善 三口為度諸衆生 皆倶成仏道
一口目を食べることで、自分の中のすべての悪を断ち、
二口目を噛むことで、自分を高めていく為の、すべての善を修め、積み、
三口目で、すべての人々が救われるための奉仕に進み、
そして、すべての人が、本当の幸せ、平安、安らぎに至りますように。
■ 食後の観 食後の誓い・祈り
自然から来て、自然に帰る、大いなる循環。
その間に、人為は何も働いていない、すべてが繋がっている。ワンネス、一体性、愛の感覚。
こうして自然を身体に取り込んだことで、今日一日精神活動ができる。
自分は一体、何を為すべきか。
この食を受けて、自分は今日一日何を為すべきか。
自分の為すべき勤め、人生の主題とは何かを思え。
自分の人生の主題を解決する為に、今日一日生きることを誓え。
まさに、行道を成ぜんがために、この食を受くべし。
自分の人生の主題・テーマを成し遂げるため、この食事を頂くべし。
普回向
願わくば、この功徳をもって、あまねく一切に及ぼし、我らと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを。
■ 小食の効用
1.
小食で、からだは内側からよく調整され、常に透明感に満ち溢れている。
消化器系の全体はよく整い、からだは内側から美しくなっていく。 (からだ)
2.
小食で、睡眠は短くてすみ、意識は一日を通して透明で澄み、冴え渡っている。
人生を(一日一日を)、長く、有意義に、充実して使うことができる。 (意識、こころ)
3.
小食で、身(からだ)と心はよく統合され、一つのもの、一かたまりとなる。
空気のように軽やかに働くことができ、優雅に反応する。 (からだ+こころ)
■ 断食・慎食・食養関連断片
養生の道、多く言う事を用いず。
ただ飲食を少なくし、病を助くるものを食らわず、色欲をつつしみ、精気をおしみ、怒・哀・憂・思を過ごさず。心を平らかにして気を和らげ、言を少なくして無用の事をはぶき、風・寒・暑・湿の外邪を防ぎ、また時々身を動かし、歩行し、時ならずしてねぶり臥す事なく、食気をめぐらすべし。これ養生の要なり。(貝原益軒)
多くの人は、ほとんどが食べ過ぎであり、眠り過ぎである。これらは間違いなく健康に悪く、非能率なことである。
八時間も十時間も眠っている人は、決して充分に眠ってもいないし、しっかり覚醒してもいない。(エジソン)
盤珪禅師は、生涯を通じて一日二食を守り、菓子類などの間食は一切されませんでした。
また、大衆(自分の弟子の修行僧たち)と別のものを食べることも絶対にされませんでした。


